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帝塚山学院は、大正5年(1916年)、初代学院長・庄野貞一が提唱した「力の教育」の理念の下に設立されました。設立趣意書には、「力の教育! 力とは何か。意志の力、情の力、知の力、躯幹の力-広い意味の力の漲った強い人間、これこそ吾々が学院の中で鍛え上げねばならぬ人物なのです」とあります。「力の教育」とは、正しい知識を獲得し、道徳心と情操を養い、健全な身体をもつ人間を育成するということです。知・徳・体のバランスのとれた人間を育成する、つまり全人教育をめざすことを建学の精神としました。
このような伝統のなかで、泉ヶ丘校は、昭和58年(1983年)、泉北ニュータウン晴美台の地に男子の中学校・高等学校(普通科)として設立されました。その後、わが国最初の国際科(女子)の開設をへて、現在は、男女共学の進学校としての道を歩んでいます。
泉ヶ丘校は、「力の教育」という建学の精神を踏まえながら、新しい時代と社会の要請に応えるべく、活力ある人間、創造性豊かな人間、協調性のある人間、国際感覚豊かな人間を育成するという教育目標の実現に努めています。
また、泉ヶ丘校は、「あこがれは 遠く高く」というスローガン(標語)を掲げ、日々の教育活動に取り組んでいます。「あこがれは 遠く高く」とは、泉ヶ丘校の校歌である「泉ヶ丘讃歌」の一節です。「泉ヶ丘讃歌」の詩句のごとく、青雲の志をもった人間の育成をめざします。

〇活力ある人間の育成
活力ある人間とは、自分の可能性を信じ、目標の実現に向けて意欲的に取り組むことができる人間をいいます。自らの信じる道を不断の努力できり開くことができる、チャレンジ精神に溢れた人間を育てます。
〇創造性豊かな人間の育成
創造性豊かな人間とは、真理を愛し、常に価値あるものを追求する姿勢を忘れない人間をいいます。知識の習得だけに終始せず、物事の真理や社会的な意義を理解し、新しいものを生み出す力をもった人間を育てます。
〇協調性のある人間の育成
協調性のある人間とは、自分と異なる立場や考え方をもつ人を理解し、共通点を見出す努力を惜しまない人間をいいます。常に相手の立場で物事を考え、思いやりの心をもって多様な人々と協力できる人間を育てます。
〇国際感覚豊かな人間の育成
国際感覚豊かな人間とは、自分の考えをしっかりと持ちながら、国際的視野に立って行動できる人間をいいます。異なる文化や生活習慣をもつ人々と友好的な関係を結び、国際的な活動ができる人間を育てます

〇校 訓 思いやりこそ力
〇生徒心得
一、帝塚山学院泉ヶ丘校生としての自覚と誇りを培うこと。
一、規律ある生活態度を養い、けじめのある行動をとること。
一、思いやりの心を大切にし、他者の心や立場を理解すること。

| 大正 | 5年 | 財団法人帝塚山学院の設立 |
| 大正 | 6年 | 帝塚山学院小学校の開校 |
| 大正 | 7年 | 帝塚山学院幼稚園の開園 |
| 大正 | 15年 | 帝塚山学院高等女学校の開校 |
| 昭和 | 22年 | 学制改革により帝塚山学院中学校の設置 |
| 昭和 | 23年 | 学制改革により帝塚山学院高等学校の設置 |
| 昭和 | 25年 | 帝塚山学院短期大学の開学 |
| 昭和 | 26年 | 財団法人帝塚山学院を学校法人帝塚山学院に改組 |
| 昭和 | 41年 | 帝塚山学院大学の開学 |
| 昭和 | 42年 | 帝塚山学院中学校男子部の開校(昭和59年に閉校) |
〈泉ヶ丘校の歩み〉
| 昭和 | 58年 | 帝塚山学院泉ヶ丘高等学校(普通科・男子)の開校 |
| 帝塚山学院泉ヶ丘中学校(男子)の開校 | ||
| 昭和 | 59年 | 帝塚山学院泉ヶ丘高等学校(国際科・女子)の開校 |
| 平成 | 4年 | 帝塚山学院泉ヶ丘中学校を2クラス編成から3クラス編成へ |
| 平成 | 9年 | 帝塚山学院泉ヶ丘中学校にコース制(特進・英数コース)を導入 |
| 平成 | 11年 | 帝塚山学院泉ヶ丘中学校の男女共学化 |
| 平成 | 14年 | 帝塚山学院泉ヶ丘中学校のコース制を医進・特進A・特進Bコースに改編,4クラス編成へ |
| 帝塚山学院泉ヶ丘高等学校(普通科)の男女共学化 | ||
| 平成 | 17年 | 帝塚山学院泉ヶ丘中学校高等学校の教育課程を中高6年一貫コースと高校3年コースに改編 |
| 帝塚山学院泉ヶ丘高等学校(国際科)の男女共学化 |