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D・Nさん
高校三年間を振り返ってどうだったか、と聞かれると「どの学年もそれなりに楽しかった。」と答えます。しかし、その三年間の中で一番充実していて楽しかったのはどの学年か、と聞かれると間違いなく私は「高校2年生の頃です。」と答えます。そして、その理由は「生徒会執行委員をしていたからだ。」ときっと答えるでしょう。
初めは生徒会執行委員に立候補する気はなかったのですが、同期の紀ノ岡泰己君に「仲の良い友達みんなで立候補してすばらしい学園生活を築きあげようではないか」と誘われて立候補しました。そして、生徒会長、生徒副会長、生徒会執行委員、計8名の友達と立候補しました。結果は、紀ノ岡君だけが落選しました。仲の良い友達だけで生徒会をつくることはできませんでしたが、役員になったからには生徒会執行委員として仕事を全うしなければ、ということで各自一年間を通して色んな役割を担いました。私は、泉ヶ丘祭のしおり作成、後夜祭の主催、体育大会の音楽放送という仕事を与えられました。この仕事は本当に大変でしたが、楽しくてやりがいがありました。泉ヶ丘祭前には会長や副会長と一緒に全クラスの出し物を集めてしおりにまとめたり、周りのコンビニやスーパーをまわってダンボールを集めたり、放送で後夜祭の出演者を募集したりしました。そして何より大変だったのが、泉ヶ丘祭一週間前の土曜日の午後、3時頃から8時頃までかけて生徒会の先生と印刷室でしおりを計1800部ほど印刷し続けたことです。全て刷り終わった時の達成感は今でも忘れません。そして、色々ハプニングがあったものの、泉ヶ丘祭は無事に終わり、すぐに体育大会の準備に取り掛かりました。準備といっても生徒会自体は放送委員を兼ねるため、体育大会の時に流す音楽を編集する以外は無いのですが、私ともう一人の役員で流す音楽を決めました。当日流した音楽は、個人的には大好評だったと自負しています。体育大会も大成功に終わり、私の執行委員としての仕事は終わりました。それ以降、生徒会の仕事は無かったのですが、正直もう一年、生徒会役員として働いていたかったです。なぜなら、できなかったことや泉ヶ丘祭や体育大会でやり残したことが沢山あったからです。
しかし、時間とは刻一刻と進んでいきます。高校三年間何も悔いはなくすごせた人がいるなら心の底から敬意を払いたいですが、そんな人はまずいません。でも悔いなく過ごす為に努力した方は沢山いると思います。私はもっと悔いなく過ごすために努力したら良かったと少し後悔しています。「人生とは後悔の連続ばかりである」と聞いたことがありますが、皆さんは私のように後悔することなく高校生活を過ごせるように頑張ってください。