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最優秀作品

『ピアニシモ』を読んで

高校2年 本田 舞以音さん

 この本を読み終えた後、何故か心がすっきりした。とはいってもこの話は決して爽やかなものではなく、むしろ苦い後味を残すくらいのものだった。なのに、何故私はすっきりしたのか分からない。ただ心のもやもやが晴れたような、そんな気がした。

 この小説のキーワードは「孤独」だと思う。例えば主人公のトオル。彼は自分の中の独自性と自由なエネルギーを糧に、自分以外には誰にも見えないヒカルという存在を生み出した。そしてその二人が毎晩聴いていた「真実の孤独がかいま見える」という電話の伝言メッセージ。この二つの事はまるで違うようで実は中身は同じだ。くだらないメッセージを残していく人であっても、トオルを騙して架空の物語を作りそれをあたかも本当のことのように演じて楽しんでいたサキであっても、電話という声のみの世界で、新たな自分を作り出しているのである。

 ではなぜ彼らは新たなもう一人を生み出すのか。私が考える一つの原因は「孤独」だ。新たなもう一人を作り出すことによって、一人でいる時の寂しさを紛らわすためだ。では他の原因は一体何なのか。それはこの退屈した日々に面白さを与えるものだからだ。戦争もなくただ過ぎるだけの退屈な日々に、人間の本能のようなものが少なからず抑圧されているのかもしれない。そんなときに生気を感じさせてくれるもの――物語の中ではトオルとヒカルが「ヒーロー」と呼んでいた者は、まさにそれを言うのだろう。だが私は、目の前で自殺しようとする人に応援するトオルとヒカルに唖然とした。なぜなら彼らはそれをただ純粋にゲームとして楽しんでいて、それは孤独な遊び以外のなんでもなかったからだった。だがこの小説にはまだ他に色々な形で孤独が表されていた。

 それは転校のプロが余裕をなくすほどのクラスメイトたちの視線だ。それは獲物を狙う動物のようでもあり、生命力の失せた、冬の植物のようでもあった。私も一度転校したことがあるが、もちろんそんな視線は感じなかった。一体どうしてトオルが凍結しそうになる程の視線をクラスメイト達は彼らに向けたのか。それは彼らの乾いた視線の裏側に、ルールへの気配りや不安による心の大きな黒い穴、そして目には見えない足枷が彼らが前へ前へと進むのを妨げ、彼らの自由や可能性を縛りつけていたからだった。それは束ねることのできない空集合のようなもので。そんな者達が集まった場所、つまりリーダーなき統一国家が「教室」だった。そんな戦場に一人フラフラと迷い込めば、その者は一瞬にして「ヒーロー」となるのは間違いなかった。退屈な教室の中に存在する、孤独な一匹狼達が唯一一体になれるという絆を感じる事のできる至福の瞬間であり、中心にいる羊はただただ食らいつかれる痛みに耐えるのみ、という代償の上に成り立っているものだった。それを人は「いじめ」と呼ぶのだろうが、この複雑に絡み合った感情の糸は、人間の本質を表した証ではないかとも私は思う。

 今、私が考えている自分の未来は大学生になるところでストップしている。今まで、その先は考えたこともなかった。いや、考えることを避けてきたのかもしれない。だがこの物語は最終的に、トオルが大人になるために自らの手でヒカルを消し去り、孤独な母を助け合いながら生きていく決心をするところで終わる。私は気づいた。人は将来いつか一人になる時が必ずくるけれど、その孤独は、他人が存在する限り必ず打ち消すことのできるものなのだと。だから未来の自分から逃げては駄目だ、と。この地球の一人一人はピアニシモ、つまり小さなものだけど、それは集えば大きなものとなる。逆に言えば、人間は一人では生きていけないちっぽけな存在だけど、互いを助け合うことのできる存在であるということだ。たまにそれが嫌になって一人になりたい時はあっても、決して一人ぼっちにはなりたくない私たち人間。わがままだけれど、それでこそ人間なんだと私は思う。

 この「ピアニシモ」という小説は、現代を生きる私達に何が足りていないのか、そして私たちとはどういう人間なのかを、文字という目に見える形にして教えてくれたと思う。そして、孤独という状態に私が陥ることのない環境を作ってくれている家族、友達のありがたみを改めて思い知らされた。「人は誰かに認められてその存在を許される。」私はこの小説を読んでいなかったら、今もまだ、この大切な事実に気づかないでいただろう。