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読書感想文

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最優秀作品

『ピアニシモ』を読んで

高校3年 米田 円さん

 流麗な風景描写とは裏腹に主人公の心の内は殺伐としたものだった。はじめ、私はこの本は読めないと思った。本を開いても二、三ページ読めばページをめくる手は止まり、本を閉じていた。主人公に共感できないと思った。いや、主人公に共感してはいけないと思ったのだ。透がヒカルと話す言葉、ヒカルと共にとる行動の一つ一つがざわざわと私の心を揺らし、時には痛みとなって突き刺さった。

 「ヒカルと僕は、本当に二人っきりで遊ぶのが好きみたいだった」。たった一文。この短い文章中に秘められた孤独感が胸にせまる。二人っきりで遊ぶのが好きなのではない。透の世界には彼とヒカルの二人きりしかいないのだ。敵意に満ちた教室、ただ家にお金を振り込むだけの父親は”あの人”であり、母の役目を忘れ、新興宗教にのめりこむ母は、”あんた”であった。「僕にはヒカルがいる」。しかし、ヒカルで孤独の穴を埋めようとしても埋まらない。だから透は求めた。電話の先にいる同じ孤独を抱える誰かを求めた。似たような孤独を抱えたサキと巡り合った時、彼は言い知れぬ喜びを感じたに違いない。

 電話はお互いの顔が見えないが故に言葉がスムーズに出る。二人はお互いの孤独を認め合う心地の良い関係だった。電話。それが彼と他の世界をつなぐただ一つのものだった。だがぬるま湯につかっているようなその関係は長くは続かない。

 透の父が亡くなった。自殺だった。脳裏によぎる、電車に飛び込む自殺した男。あのとき見た光景の”リアル”が父の死とリンクしたのではないだろうか。その現実は彼の心に変化をもたらした。

 「トオルチャン」と若い母親が赤ん坊をやさしく呼ぶ。その光景が在りし日の自分と重なり、透の混乱を助長する。さらに透に追い討ちをかけるようにサキは言う。全部嘘だと。

 クラスメイトに命令され、透を殴ったさとる。「戦場なんだよ、ここは。」確かにさとるの言ったとおり、この世界は戦場のように過酷で厳しいものだろう。不条理な現実は否応なしに襲いかかる。傷つくことを恐れるが故に、相手を言葉で傷つけたり、暴力で傷つける。でも、これが何の解決にもならないことを彼らは知っているのではないだろうか。なぜならば傷つけた相手と同じくらい彼らも傷ついているのだから。

 深夜、透は冷たい雨の降りしきる中、大きな声をあげて走る。「ウォー」。獣のような叫び声は受け入れがたい現実に直面し、出口を探している透の悲痛な叫びだった。父親の死。信じていたサキの裏切り。ただそれだけではない。なぜ自分にこんなことがおこるのか。不条理な社会に対する、魂の叫びなのだ。混乱した彼にはどうしたらいいのか分からない。分からないからただ暴力で出口を作ろうとする。彼と同じようにさとるもサキも知らなかったのだ。困難な問題を解決する方法を。

 この物語の登場人物たちはあまりにも痛々しい。自分の世界に籠り、ただ小さな隙間から覗いただけの狭い世界にもかかわらず、すべてを見たような気になっている。しかし主人公は人を傷つけ、自分も傷つきながらも、その殻を壊していこうとする。物語の最後。雨は止み、太陽が雲の間から顔をのぞかす予感。透の殻であるヒカルはもういない。ヒカルに別れを告げることで、彼は殻を破ったのだ。傷つくことを恐れず、孤独の殻を割り、新しい世界に飛び込んで行こうとする透。現実を受け入れる選択をした彼に私は勇気づけられる。

 この本を読み終えたとき、どうにも読むことが難しかったわけに思いあたった。読者という客観的な目で見ることによって、私にはまざまざと自分の見たくない部分が見えてくるのだ。つまり透は私なのだ。状況が違うにせよ、現実から目をそらし、自分の殻に閉じ込もろうとする。そのことを認めたくなかった。だから私は共感することを禁じた。普段蓋をしているものが目の前に突きつけられたため、私の心はざわつき、痛みを感じたのだ。

 私が知っている世界はあまりにも狭く浅い。だから私は世界を広げる一歩を踏み出さなければならない。それから困難が私の前に次々と立ちふさがるだろう。しかし困難から逃げ続けることはできない。逃げても、逃げても追ってくる。私はそんな困難を受け入れたいと思う。向かい合ってとことん考えたい。それがどれほど難しいことかはもう知ってしまった。しかし、そのときは来た。私はもうそろそろ自分の殻を破らなければならない。