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最優秀作品

「耳をすます」こと

高校3年 野上 実沙さん

 小学生の頃、オーケストラコンサートに連れて行ってもらったことがある。あんなに多くの楽器が一斉に鳴り響くところを目の当たりにするのは初めてだった。あの、心臓が揺さ振られるような感覚は今でも残っている。あの瞬間、私の「内なるシンフォニー」が共鳴したのを初めて感じた。実際に心も体も震えていた。

 内なるシンフォニーの働きは音楽に限ったものではなく、より広いことに当てはめられると思う。すべてがタイミングよくリズミカルにいけば、なんでも出来る。単純だけれど、これがこの本を読んだ感想である。「あの時こうしておけば良かった」と後悔するのは、「あの時」の外界と内なるシンフォニーが共鳴できなかったことを後悔しているのではないか。様々な音楽を聴くことによって内なるシンフォニーに磨きがかかり、外界とのふれあいによって経験が積み重なっていく。この二つの要素で、人生はより豊かなものになる。では実際に、磨きがかかった内なるシンフォニーで何ができるか。私はこれを、「相手を理解すること」につなげていきたい。

 前に、「人の気持ちに耳を傾けなさい」と注意されたことがある。なぜ「耳を傾ける」というのだろうか。相手が話してくれない限り、相手の気持ちは分からない。だからといって、無理矢理話すように促してはいけない。そこで、「耳をすます」という行為が重要だと気づく。

 相手の気持ちを知りたいと思った時、真っ暗な闇の中へ手探りで足を踏み入れる。この中で自分がもがいてしまったら、自分の発した音によって相手の音が聴こえなくなる。だからただじっと動かずに黙るしかない。そして、耳をすます。見えない、聞こえない相手の気持ちを想像する。本当に真剣に耳をすまさなければ聞こえてこない本音がある。相手の心に流れている悲しいメロディーや激しい調子に耳を傾けてみる。自分の内なるシンフォニーに磨きがかかっていれば、それらをより確実に感じ取ることができる。この二つが共鳴した時は相手を知ることにつながって、共鳴しなかった時は自分の未熟さを知ることにつながると思う。

  「本体は、見えない。聞こえない。それを、いかに想像するか、ということ。聴くということの本質がここにある。」と、本文にある。これはまさに人間の心で、相手の真の姿に迫ろうとする態度に「耳をすます」ことの本質がある。耳をすまして聞こえてくるのは音ではなくて、はっきりとは分からない何かを感じ取っているのだと思う。それを理解するために、私たちの脳の「内なるシンフォニー」の響きを高める必要がある。悲しい音楽や楽しい音楽に感動したという体験を内なるシンフォニーが覚えていれば、人の悲しい気持ちや楽しい気持ちを理解し、共感できる喜びに感動するという更なる体験を、それが導いてくれる。今まで気付かなかった小さな出来事にも気付けるようになる。

 音楽は生活のいたる所にある。それに気付けるかどうかは、その人の内なるシンフォニーの豊かさに関わってくる。タイミングやリズムをつかむために、私たちは耳をすまして、その力を借りなければならない。でもそれが豊かであれば自然とつかむことができる。このことが楽しいと思え、生きる喜びにつながれば、なんでもない日常はなくなるかもしれない。