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変 革

高校3年 A・Sさん

 本書において重要な立ち位置にいる、ヒカルという登場人物は、主人公トオルの作り出した空想上の友人、すなわちイマジナリー・フレンドであり、厳密に言ってしまうと彼の中に人間としてのアイデンティティーを見出そうとすることには、元より大した意義などないのかもしれない。しかし今、敢えてヒカルを一人の『人間』と考え、彼がトオルの中に存在していた期間をヒカルの『人生』と呼んでみる。すると、一見勝手気ままに自分本位に生きているにようしか思われなかったその『人間』は、実はとても自己犠牲的な『人生』を歩んだのではないか、という奇妙な矛盾に思い至る。

 父は鉄人の如き仕事人間でなかなか家に帰って来ない。母は寂しさの所為か怪しげな宗教に入信し、家事・育児を十分には果たさない。そんな両親の愛情が希薄な家庭で育ち、かつ転校が多く友達もなかなか出来ない、一人息子のトオル。彼の中には常に、父や母を含む社会へのアンチテーゼが色濃く渦巻いていた。ただし彼は決してそれを口に出したりはしない。それは彼が、どうせ自分の気持ちなんて誰も理解してくれやしない、という孤独感に苛まれていたからかもしれない。あるいはこれ以上見捨てられたくない、と良い子を演じようとしたからかもしれない。彼の押し隠された本当の気持ちを代弁するのは、いつだってトオルの『もう一人の自分』であり、すなわち彼の理想の自分、こうありたいと願う自分の表れであるヒカルだった。周囲の目なんて気にせずに、したいことを好きなように出来る自分になりたい、というのがトオルの強い願望であり、彼の代わりにそれを実現する、というのがヒカルの役目だった。存在意義だった、と言っても過言ではないかもしれない。

 薄幸なトオルに運命は容赦がなかった。新たに転校した学校での過激ないじめ、父親の突然の自殺、初めて恋をした女性からの痛烈な裏切り。様々な苦難を経験し、このままの弱い自分ではいけない、と悟った彼は、自分を変えるために、『愛すべきたった一人の友』との関係を絶ち切ってしまおうと悩みながらも決断する。ヒカルに依存した生活からの脱却を試みたのである。『消えろ、頼むから消えてくれ。』と何度も何度も繰り返すトオルの悲痛な姿を見て、『わかったよ。仕方ねえよな。これからは一人でやんな。あばよ。』と言い残し消えてゆく。

 トオルに必要とされたから生まれ、トオルの成長を見守り、必要とされなくなった瞬間にヒカルは死んだ。彼の人生は、最期まで、“トオルのため”のものだったように思えてならない。それゆえに私は“自己犠牲的”という表現を用いたのである。

 そもそもイマジナリー・フレンドを作り出すという行為は、幼い子どもによく見られる現象で、子どもの成長とともに消滅するのが普通なのだという。そこから考えても、成長してゆく現実の自分と向き合うためにも、トオルはやはりヒカルと共存することはできなかったのだなと感じた。

今の若者にはやる気がない、いや根性が足りない、といった類の言葉をよく耳にする。昔の若者の標準を知らない私たちには何の反論のスキも与えない。一部の大人達の言い分は、様々な個性を持つ若い年齢の人間をひとくくりに総括した上に、若者ときちんと向きあうことを避けてもいるように感じられて、それこそ卑怯ではないのか、というのは私の一家言であるのだが――仮にその言い分が正しいのだとすれば、トオルは”今の若者”の象徴的存在であるのだろう。なぜなら彼は一生懸命に目標に向かって努力する人を『バカだ』と嘲り、『あんまりむきに生きたりしない』ことを信条としていたからだ。しかし彼は変わった。空想の世界に逃げることをやめ、自分一人の力で現実世界をたくましく生きてゆこうと決断したのである。

 私たちももう高校三年生。今こそ彼に続くべきであろう。大人に頼るばかりではなく、自分の力で考え、行動することができるように、もっと自立しなければならないのだ。好き勝手言わせたままでいるのは、何とも悔しいではないか。次の時代を担う私たちが変わらなければ、世界も何ら変わりはしないのだから。