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『すべては音楽から生まれる』を読んで
高校2年 Y・Oさん
すべては音楽から生まれる。
自分自身ピアノを習っている私はこの言葉に興味がわいた。この言葉はどういうことを意味しているのか。
音楽とは人間の耳によって知覚される精神の表現である。これに基づくと、この世にあふれる「音」というものは全て音楽である、ということになる。
ところでこの本では、「聴くこと」とは、自分の内面にある、いまだ形になっていないものを表現しようとする行為に等しい、とある。自分の内面にある、いまだ形になっていないものとは一体何か。さらに読み進めると、外界の音に耳をすますことは、創造的に生きる上での大いなる糧である。すべては、自分の内側の世界の実践であり、開拓だ、とあった。
内側の世界というのは深層心理のことではないかと私は考えた。自分の普段意識していないことを意識することによって、新しいことを発想するのではないかと思う。
では、音のない世界で私たちは一体何を聴くのか。めったに体験できることじゃないので私も想像がつかないが、おそらく自分の音が聴こえるのではないかと思っている。自分自身が発する音などではなく、体内の音などを聴くと考えている。仮に、指で耳をふさいでみるとする。少しばかり外界の音は聴こえてしまうが、それ以外にも低い音が聴こえるのがわかる。これは血液が流れる音や、筋肉が収縮する音だと聞いたことがある。違うかもしれないが何であれ、自分の体内の音であるのに変わりはない。聾の人が何を聞いているのか、本当に無音の世界なのかは知らないが、人が耳をふさぐとこのような音がする。
ならば、健常者が耳をふさがずに無音の世界に行ったらどうなるか。
ジェームズ・タレルというアーティストの作品に『南寺』という作品がある。その建物の中は一面の闇。普通の生活では体験できないような真っ暗闇である。
こんな時、人は耳をすますしか手段がない。視界が奪われればたよれるのは耳しかない。そして、そんな時、つまり本当に真剣に耳をすますということをしたとき、聞こえる音があるのだそうだ。
まずそんな暗闇には直面したことはないが、無音のとき聞こえる音というのは聞いたことがある気がする。
その音は耳鳴りのようだが耳なりでない。どこか遠くの方で鳴っているような印象を受ける。
このようなことから考えると、人間には本来聞こえていたはずのものが聞こえなくなってきているのではないかと思う。それは今でも意識して聞こうと思えば聞こえるものであるのに私たちはそれを聞けない。いや、聞こえないのだ。
たまにはイヤホンをはずして、自然の音などに耳を傾けてみるのも良いかもしれない。そして音を聞くということをちょっとでも意識してみるのも悪くない。
そうは思わないだろうか。