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悩むって素晴らしい/『悩む力』を読んで
高校3年 S・Tさん
「四苦八苦する」という慣用句がある。これは元々仏教用語に由来するらしいのだが、特に「四苦」は「生老病死」の事で、人として生まれ落ちた瞬間から、この四つの苦しみを背負っていかなければならないというのが人間の宿命なのだという。私がこの言葉を知ったのは中学生の頃だったと思うが、何か腑に落ちないというか、違和感を持ったのを覚えている。というのは、四苦のうち「老病死」については、自明の理という感じで大変納得がいったのだが、「生」、即ち「生きる」ということが苦しみの範疇に入っているという事を不審に思ったのだ。生きるという事は素晴らしい事、楽しい事で、「老病死」の対極にあるものだと、当時の私は思っていたのだろう。今も根本的にはそう信じてはいるのだが、ここ2年ほどの間に、「なぜ四苦の中に”生”が入っているのか」が、少し理解できるようになってきたように思う。特に最近は、世間で言うところの「自我の目覚め」というのか、「自分と他人」、「自分と環境」、または「思いもよらなかった自分の短所」、「それを自覚しながらも変革できずに悶々とする自分」というような心の葛藤に苦しめられているからなのかもしれない。自分の中で渦巻くこのドロドロとした煩悶を、一体どうすればスッキリさせることが出来るのか、これからの一年間は、とにかく勉強に集中したいと思っているのに、こんな気持ちではいけないのではないか、と思い悩んでいた矢先に、本書「悩む力」を手に取った。著者は在日韓国人。ごく薄い本書を一冊読んだだけでも、恐らく私たちなど想像もできないような「自己のアイデンティティー」の拠り所を探して、悩んで悩んで悩み抜いた様子がうかがえる。そして悩みを突き抜けた体験の結果が本書なのであろう。著者は、「悩みを突き抜ける力をくれた二人の著名な人物を紹介する。一人は文豪・夏目漱石、もう一人は社会学者・マックス・ウェーバーである。約百五十年前に、不思議にも時を同じくして誕生した二人の知の偉人の思想が著者を救い、今また混沌とする現代人の「心の闇」を「知の光」で照らし出す時が来ていると著者は言う。現代社会の行き詰まりの数々を十章に立て分け、漱石とウェーバーの視点で解明していく形式を取っているのだが、私自身、大変深く共感した点について、いくつか紹介したい。まずは「序章」で、現代人が有り余る自由とモノに恵まれているにも拘らず、ではそれ相当の幸福感・満足感を味わっているかという疑問について述べられているところ。そこで著者は、かつての資本主義は「国家」の為にあり、「国民の為」ではなかったが、戦後、悲惨な戦争の反省に立って、「国民の為に国がある」という方向性への転換を図ったものの、現代においては怪しくなってきているという。では資本主義が無力なら社会主義ならよいのかと言うと、こちらもほぼ崩壊していると言っても過言ではないだろう。では一体どんなイデオロギーならば、現代の混迷を極める社会、世界を変革していけるのか。それは「人間主義」ではないかと私は思う。政治、経済、科学、あらゆる社会活動のまん中に、「人間」を置くべきではないだろうか。「それら全ては人間の為にある」としてこそ、生き生きと連動し、本来の存在意義を発揮してゆく事ができるのである。次の「私とは何者か」の章では、近年、若者世代の著しい荒廃ぶりの病根について考察している。その中で印象に残ったのは「『自分の城』を築こうとする者は必ず破滅する」という一節だ。自分を強くしよう、守ろうと躍起になって城を堅固にしても、結局自我というものは他者との関係の中でしか成立しない、というのだ。そして、他者と相互に承認し合わない、他者を排除した自我というものも有り得ないと筆者は自らの体験を通して断言する。最近は、人と人との深い関わりが、特に若者に欠如していると言うが、この事に気付き、社会全体でサポートしていかなければ、より一層時代の闇は深まるばかりであろう。その他著者には、漱石の数々の作品やウェーバーの論理を引用しながら、本来、余りポジティブなイメージのない「悩む」ということの大切さを、縦横無尽に論じている。
現代は、どうも「悩む」や「まじめ」という、深い人生を歩む上で不可欠な美徳を、ネガティブなものとして避けたり、軽視したりしがちであると思うが、その結果が現在の混迷・行き詰まりの因とは言えまいか。その意味で、将来の日本、ひいては世界を担う使命を持つ私たちこそ、本書を読み、糧としていくべきであると痛感した。