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『光抱く友よ』を読んで
高校3年 S・Tさん
松尾勝美に貼られたレッテルは、不良少女。投げやりで周りからは、不可解という印象しか持たれていない。
では、なぜ涼子は、そんな松尾に心惹かれたのだろう。
相馬涼子は、表面上は、普通の女子生徒。人に悪く思われるのがいやで、いわゆる『NO(ノー)』と言えない女の子。臆病で小心者と言えば、それはそうなのだろうが、私には涼子が不安や不満、どこにも向けようのない苛立ちを抱えて悩みながら生きている身近な友に思える。それは、私も涼子と同じように、自分の弱さと向かい合っているからかもしれない。
一通の手紙をきっかけに、涼子と松尾の付き合いが始まるのだが、私にとって、衝撃とも言える松尾の言葉が、これだ。
「あんたにわかってもらおうとは思わんけど、人間には、辛抱できる辛さと、できん辛さがあるんよね」
私の胸に、松尾の、やり切れないような痛みが鳴り響き、いつまでも余韻を残して止まない。と同時に、私が初めて松尾に心が傾いた瞬間だった。淋しさとか、孤独とかそんな言葉が甘さの中に溶けてしまいそうにさえ感じた。何なのだろう。いつの間にか、私が松尾を追っている。
「ええね、言わんて約束してくれるね、もしこの手紙のことを誰かに喋ったら……」
「特にあ・の・ひ・と・の耳に入ったら、あんた、ただじゃすまないよ」
涼子が代筆した手紙を
「あ・の・ひ・と・だけには知らせとうない」
と、涼子のそばで付け加えた松尾は、真顔で、辛抱できん辛さを見ていたのではないのだろうか。なぜなら、松尾が呼ぶ『あ・の・ひ・と・』つまり『アルコール中毒の母』が見せる酒乱そして修羅場は、松尾にとって、辛抱できん辛さだったと思うからだ。松尾の身体の傷が、母親の暴力で出来たこと。暴れる母との暮らしから、松尾が何度も逃げたことなど、数々の松尾が生きてきた世界を読み返す時、私の中には、再び松尾の声が回転し始めるのだ。
涼子が松尾を家に招待した日、涼子は、
「うちはね、松尾さんが必死の力で何かやってるときは、それがどんなに人並み外れていても、いいな、と思ってきた。だけど、どこかでふっと力を抜く。投げる。そしたら松尾さんは急に息苦しくなる。どうしようもない不良になる。今夜の松尾さん、そうなんよ、ただの不良に見えるんよね」
と、松尾に正直な胸の内を伝えている。この時涼子は、松尾の中に、自分が魅力を感じる所と嫌う所があることに気付いたのだ。そして、松尾に惹かれて近づいた自分の心を、整理しようとしたのだ。
松尾が生きている世界は、確かに辛抱できる辛さと、辛抱できん辛さが絡み合う世界。それは、涼子にもわかっているはずだった。しかし、花見の席で、涼子が飲んだ酒は、もはや、涼子の感情をコントロールするすべを無くしてしまったのだろうか。
「あなたの子供のような手紙のせいで……」
泥酔状態の松尾の母に、ついに涼子は、手紙の事実を話す。後悔とやりきれなさの渦の中にいる涼子を、私は、非難がましい眼をしてじっと見ている。
しかし、松尾は、違った。涼子の中の渦を松尾は達観したかのような眼差しを残して払い去ったのだ。
「それじゃあ」
この松尾の言葉に私は、呆然とする。松尾の心は、私よりも涼子よりもずっと大人に、近いものだった。
活字から目を離し、私は、小さな声で、
「それじゃあ」
と、つぶやいてみる。こんな風に人を許せるものなのだろうか。もしかして、松尾もまた花見の席の涼子と『あ・の・ひ・と・』の姿から、涼子を許すことを決め、『あ・の・ひ・と・』と自分が共に生きる世界を受けとめようとしたのではないかしらと、私は、ふと思った。なぜなら、松尾が生きる世界は、もはや松尾が投げ出すことも逃げることもできない、自分の辛さや弱さでさえも踏み台にしなければ、今日を乗り切ることができない世界のはず。だとしたら、やはり何かしらのきっかけがありそうな気がしたのだ。
松尾が涼子を許したことで、私は、ようやく二人を、自分と離れた所から見つめ、安堵することができた。そして、本を閉じた私の中で、松尾と涼子の
「それじゃあ」
という短い別れの言葉が、振り子のように揺れている。