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『ピアニシモ』を読んで
高校3年 S・Kさん
普通は青春といえば、明るいものを思い浮かべる。甘酸っぱい恋に、刺激を求めて一つの何かをがむしゃらにやり遂げたり、私は青春といえばそういうものだと思っていた。しかし、この本の青春は、思春期に若者が持つ暗い部分ばかりだった。水彩絵の具のように透明な表現は誰もが持ったことのある残酷さを描き出していた。私は痛々しく思いながらも透の抱えた黒色の感情を全て知っていると思った。
誰もが「ヒカル」のような存在を作り出していると思う。「ヒカル」は、透が孤独から作り出した理想のもう一人の自分であり、透のうちに潜む暴力の象徴でもあった。
中学生時代、私は毎日のように理想の自分を考えていた。それは頭も良く、容姿端麗でおまけにピアノも上手というものだった。小心者の私は、頭の中の強い自分に憧れてやまなかった。しかし、その時のもう一人の私は凶暴なものへと変身した。親への反発が強まる中で親にしかられいらいらしたり、友達同士の争いに巻きこまれストレスがたまっても私自身はじっと耐えていた。しかし、私の理想像は親に暴言を吐き、家の中でひどく暴れていた。これはきっと自分のうちに潜む暴力的な感情だったのかもしれない。胸の下あたりに沈んで、横たわり続けるどろどろしたもの。人は、それをスポーツや趣味に没頭することで発散する。しかし、時に容量を超え、刃物のように鋭く尖る。それは平気で人を傷つけてしまう時もある。残酷さをまとった強い感情、それが暴力的な感情なのだろう。
もう一人の私は、あきれるほどに正直で、私が言えないことをはっきりと言った。私のやりたいことを平然とやってのけた。そして平気で人を傷つけた。私の理想像であるもう一人の私は、私の黒い感情そのものでもあった。
特に透は内向的な少年だった。それとは反対に「ヒカル」は口がよく動き、全てにおいて自由だった。そして自殺する人を見て喜ぶほどに残酷だった。「ヒカル」も、また、透の育ちすぎた黒い感情を映したものだったのだろう。そして、孤独な透の唯一の友達でもあった。
転校をくり返す透の殻は分厚くなっていった。透にとって父は「あの人」、母は「あんた」。透は本当に孤独だった。大雨の中で透が「ヒカル」に消えろと泣きさけぶ場面では、本をぎゅっと強く握りしめていた。引きこまれ、息を凝らしていた。
透は「ヒカル」がいては成長できないと気づいた。「ヒカル」は透の理想像であり、黒い感情。そして、唯一の友達。理想ばかりを追いかけるのをやめて、自分自身を見つめる。一人歩きしていた黒い感情を受け入れる。そうやって、唯一の友達だった「ヒカル」と決別することでひびが入っていた殻をやぶった。
最後の「ヒカル」の人間らしい笑顔は、透の成長を喜んでいるようだった。
最後に見えた物語の光。それさえも不確かで、思春期は本当に難しく、そして泥くさいと思った。その泥くさい時期があってからこそ、人は成長するんだと思った。私はきっとまだ、ひどく泥くさいだろう。