受賞者を表彰 (始業式)
第25回読書感想文コンクール(2007)
 泉ヶ丘校恒例の読書感想文コンクール(第25回)の審査結果が発表され、二学期始業式で受賞者の表彰が行われました。コンクールは本校全生徒が参加するもので、春季休暇を利用して実施されました。5月以降、3次にわたる審査が行われ、8月末に最終結果を発表、受賞作品は最優秀(中・高各1)・優秀(19)・佳作(27)の48編でした。今学期中には作品集が発行される予定です。以下に受賞作品から、2編を紹介します。
【最優秀賞】

課題図書:  重松清著 『きみの友だち』 新潮社

感想文題名: 言葉
氏名:    中学3年1組 田 中 美 咲

 この物語の主人公は、常に「きみ」となっている。章によって「きみ」にあたる人物は、クラスの人気者から、いじめが原因で転校してきた子まで、様々にかわる。色んな人の視点から物事を見つめ、自分自身の身も心もその人物となったかのような気分になる。今までにない奇妙な感覚と共に、私はこの物語の中へすうっと引き込まれていった。
 「いじめの一番怖いところは何ですか?」
 この質問に、あなたはどう答えるだろうか。色んな答えが返ってくるだろう。「無視されること。」「はみ子にされること。」もしかしたら大半の人は「私には関係ない。」と突き放すかもしれない。この本の中で、いじめにあった子は、
 「性格をかえられちゃうところです。」
と答える。私は本当にその通りだと思う。
 私の小学校でも、小さないじめがあった。彼女は、私の友達だった。とても素直で、裏表をつくらないその子が、私はとても好きだった。だが、その素直さが皆の反感を買ったのだった。皆はだんだん、彼女と喋らなくなった。色々なことを彼女は言われた。そんな中、私は必死で「負けたらあかん。」と励まし続けた。
 しかし、彼女はあの人一倍の素直さを失っていった。彼女自身の心を包み隠してしまったのだった。あの時、私は本当に、人の性格が変わってしまう恐ろしさを知った。
 今、彼女は素直な有りのままに戻った。彼女は自分と闘い、勝ったのだった。その時彼女は、私に
「ありがとう。」
 と言ってくれた。あの時は安堵と共に涙が溢れて止まらなかった。
 この本の中に、
 「言葉はバンソウコウ」
 「言葉はナイフ」
とある。「なるほどなぁ」と、とても考えさせられた。皆が彼女に言った色んな言葉たちは、鋭いナイフとなり、彼女の心をズタズタにした。そんな中での私の「負けたらあかん。」という言葉は、この本でいう「バンソウコウ」となって、彼女の傷を覆い、癒したのかもしれない。そう思うと、私は改めて「言葉」の怖さやすばらしさを強く感じた。
 最近、私達と同じ年代の子供達が、いじめにあって、あまりの苦しみのために、自ら「死」を選んだ、というニュースをよく耳にする。その子供達には、「バンソウコウ」となる言葉をかけてくれる人がいなかったんだろうなぁと思うと、とても胸が痛くなる。
 この本の中に、こんな言葉がある。
「先が長いことが、幸せなんだって、いつかわかるから。」
 単純ではあるが、心にぐっとくるものがあった。一つ揉め事が解決したりしても、まだ、「先は長い」のだ。これから自分の人生で、何が起こるのかはわからない。でも、元をたどれば、まだ自分の人生に先がある事こそが本当の「幸せ」なのだと思う。生きたくても生きられない人が、日本に限らず、世界に、どれ程いるだろうか。
 そんな「幸せ」の原点を、この言葉は私達に教えてくれているような気がする。
 私はこの「きみの友だち」を読んで、人間としてあたり前のおもいやり、優しさの大切さを、再確認させられたように思う。
 そのあたり前のことが、次第になくなってきているこの社会で、「自分」を見失ってはいけない、という悲痛なメッセージが伝わってきた。
 今もどこかでいじめが行われている。一人で闇に包まれ声を潜めて泣いている子がいる。その子は確かに、「バンソウコウ」を求めているはずだ。だから勇気を出して、一言声を掛けてあげてほしい。
 たった一言でもいい、その勇気で、人は救われるのだ。
【優秀賞】

課題図書:  三田誠広著 『いちご同盟』 集英社文庫

感想文題名: 大人と子どものはざまで
氏名:    高校1年1組 田 中 詩 織

 私は今、十五歳。この春晴れて高校生となった。そんな私であるが、近頃自分で自分が分からなくなってしまいそうになる事がある。そういう時、自分では抑え切れないイライラや怒りを持て余したり、また、情けなくなったり悲しくなったり、あるいは怖くなったりして、ふと自分自身を見つめてしまう。例えば両親との会話。将来のこと、思い描く夢のことなど、あれこれ話すうち、やたらとイライラしてきてしまう。親が自分のことを心から思ってくれている事はよく分かっているし、心の奥底では親の意見に賛同している事も、何となく感じていながら、なぜかいちいち突っかかってしまうのだ。反抗期、などという簡単なひと言で済まされないような、激しい、しかし微妙な心の振幅に、自分自身が動揺してしまう。
 そんな時に手渡された一冊が、この「いちご同盟」だった。
 主人公は私と同年齢の少年良一。高校受験をひかえ、自身の進路と、それに絡んだ家族、特に母親との意見の摩擦に強いストレスを感じている。おそらく、ピアノ教師であるその母親の影響で音楽を愛するようになり、できればピアニストになりたいと思っている反面、その母のピアノの機械のようなスタイルを嫌い、否定している。母に認められたい気持ちと、拒否する気持ちが、常に彼の心の中で交錯する。高校受験という、それまでの人生で初めて出会う社会の壁の前で、彼の心は夢と失望の間で揺れ動く。そんな時、ふと耳にした同年代の少年の自殺のニュースに、ふらりと心奪われ、死を考えたりもする。みんな幼い頃は眼をきらきら輝かせて、スーパーマンになりたいだの、外国の王女様になるのと、大人が聞けば思わず苦笑してしまうような夢を語っていたのに、高校受験を迎える頃になると、現実の壁の前で、そんな夢も押し潰されてしまう。そういう、人生初めての試練を前にして、一番寄り添ってくれるべき家族との絆が希薄だった彼は、多分本当に孤独だったろうと思う。
 しかしそんな中、ある出会いが彼を変える。同級生の野球部エース・徹也と、その幼馴みの少女・直美との出会いだ。直美は不治の病に苦しみながらも、徹也らの励ましに何とか応えようと健気に生き抜こうとしている少女である。病の進行と共に、足の切断・胸の切除など、残酷な現実にいやおうなしに向き合わされながら、それでも与えられた生を、精一杯生きようと努力している。その姿に逆に励まされながらも、すぐそばにいても何もできない自分たちの無力さに、ため息をつくしかない良一と徹也。
 そしてとうとう、いっぱい持っていた夢をひとつとして叶える事なく、直美は亡くなってしまう。短期間ながら、深く心ふれ合った少女の死や、全く違う人生を歩みながら、直美という少女を失った悲しみを分かち合う事で絆を深めた徹夜との友情、突如目前で事故死したかつての級友の姿を通して、深い悩みの底でもがいていた良一の中で、何かがふっ切れた。やがて彼の中途半端な演奏に大きな変化が現れる。彼を否定していた母親が、思わず聴き惚れるほどの演奏は、彼の人間的成長の証しを表しているのだろう。青春の悩み、苦しみというものは、このように人と人との魂のふれ合い、ぶつかり合いの中で、ひとつひとつ乗り越えていくものなのかも知れない。そして徹也もまた、自分ではどうしようもない、宿命とでもいうべきものを背負った自身を、恐れおののきながら見つめて苦しんでいる。忌み嫌っている父親の「軽薄で多情な」血が、直美との美しく切ない思い出を全て汚してしまうのではないかと。それをくい止めたいが為に、彼は十五歳の今この瞬間を、「いちご同盟」を結ぶことで永遠にとどめようと提案する。私には彼の気持ちが分かるような気がした。早く大人になって世の中の全てを知りたい、と思う反面、あんな醜い大人になどなりたくない、という葛藤は、私の中にも常に存在するからだ。しかし、どのように心がゆれ動いたとしても、最終的には前へ未来へと歩んでいける自分でありたい、と私は強く願う。私の愛読する本の中に、次のような一節がある。
 「青春とは、未来を志向しながらも自分自身との葛藤に悩む煩悶の時代といってよいだろう。『あのようになりたい』とか『こうなりたい』とか、常に心が変化しているものだ。その心の激流に流されて沈んでしまうか、その中でもがきながら前へと進むか、これが青春の闘いである。」と。
 この先、私にはどんな人生が待っているのかは分からない。そこには期待もあれば不安もある。しかし、たとえどのような事が起ころうとも、全てを成長の糧とできる自分でありたい、と良一の成長した姿を私自身に重ねて思ったのだった。