2020/10/02

ことばの贈り物 2020/10/02

夜7時過ぎ。すっかり秋の静寂に包まれた学校を後にする。正門を出るとき、ふと振り返ると街灯に照らし出された白い校舎。昼間の風景とは全く趣きの異なる概観は、ちょっとしたテーマパーク。そんなことを感じながら、通用門前のバス停まで歩いた。
 
バスが来るまで約5分。誰もいないバス停で、読みかけの文庫本に目を落としていた。そこにいつしか10数名の本校高校3年生が私の後ろに並んでいる。(本校では、夜7時までの学校滞在が許されるのは高校3年生のみ)。少し彼らが気になりながらも、本の世界に舞い戻ろうとしていた。
 
彼らの会話が聞くともなく耳に届く。○○大学が・・・。化学の勉強が・・・。こないだの模試の判定は・・・。だんだん私の集中力も本からその会話に引きずられていく。ちょうどそこにバスが到着。ほとんど乗客もなく、私は最前列に腰掛けた。
 
その後、彼らがどうなったのか?バス後方から声がするところから、みんな最後尾辺りに陣取った模様。バスに揺られながら、再び本に集中しようとするが、彼らの声が耳に入る。何を語っているのか、内容は聞き取れない。バリトンかバスの野太い低音で複数話している。そのBGMと車窓を流れる風景を眺めながら、声だけの彼らを想像した。
 
7時間目の授業が終わって、8時間目の補習を受けたり、自教室で問題集と格闘したり、先生に質問したりすること約2時間半。ようやくその緊張から解放されて、束の間の友との語らいに、気を紛らせているのだろう。家に帰って、9時辺りから勉強を再開して、深夜2時に就寝。朝6時過ぎに起きて8時には登校。そんな生活を毎日規則正しく繰り返しているのだろう……。
 
知性と品格が漂う心地よいBGM。受験という壁によって正しい大人の世界へと誘(いざな)われている青年たち。その落ち着きと時々沸き起こる笑い声に、泉ヶ丘での着実な成長の軌跡を確信した。
 
いつしか本を読むことを忘れて、BGMと車窓の風景とが私を過去の世界へと誘う。私の18歳も同じようなものだった。あの当時は、世の中のことも、煩わしい世事も知ることなく、彼らと同様、ひたすら一人の高校生を生きていたように思う。
 
しっかり頑張れよ、受験生。これからまだまだ楽しいこともしんどいこともキミたちの前にはたくさん、立ちはだかってくるからね。バスが終点に着いた。少し胸に込み上げる熱い想いをぐっと飲みこんで、後ろを振り返ることもせず、爽やかな秋風を後にした。