2026.09.26

【校長通信】舞台の上に、そして舞台の外に――泉ヶ丘祭で見た生徒たちの成長

先週、3日間にわたって開催された泉ヶ丘祭が、無事に終了しました。
今年も、生徒たちのエネルギーが存分に発揮された3日間となりました。
まずは、初日と2日目に行われた高校生の舞台発表について。
初日は、午前中に本校体育館で高校1年生の舞台発表が行われました。
どのクラスも、ステージに立った瞬間から本当に楽しそうな表情を見せてくれました。クラスごとに趣向を凝らし、限られた時間の中で、自分たちらしい発表を作り上げようとしていることが伝わってきました。
もちろん、発表にはそれぞれのクラスの個性がありました。演じ方や見せ方、衣装や構成などにも工夫が見られ、「このクラスはこういうことを考えたんだな」と想像しながら、楽しく見させてもらいました。
一方、2日目に行われた高校2年生の舞台発表は、さらに一段階上のものを感じさせてくれました。もちろん、高2の生徒たちも自分たち自身が楽しんでいました。しかし、それだけではありません。「どうすれば見ている人にも楽しんでもらえるか」「ここでこうしたら、もっと盛り上がるのではないか」そんな、観客を意識したエンターテインメント性が、随所に感じられました。まさに、舞台の上にいる自分たちだけではなく、舞台を見ている人たちも含めて、一つの時間をつくろうとしている。そんな発表が続きました。
高1の皆さんには、ぜひ今回の高2の発表を一つの参考にしてほしいと思います。
「来年は自分たちも、こんな発表をしてみたい」
そんなイメージを、今のうちから少しずつ膨らませておいてください。
今年の経験が、来年の発表につながっていくことを期待しています。
そして、今回の舞台発表を見ながら、私がもう一つ興味深く見ていたものがあります。
それは、舞台そのものではなく、舞台袖や客席周辺での生徒たちの姿です。
私は体育館の入口から入ってすぐのところに椅子を置いていただき、全クラスの発表を見ていました。ちょうど私の前を通って、次のクラスが待機する場所の近くだったため、発表を待つ生徒たちの様子もよく見えました。緊張した表情で出番を待っている生徒。衣装や小道具などを確認している生徒。友達と話しながら緊張をほぐしている生徒。
そして、次のクラスも前のクラスの発表を見ながら待機しているため、少しでも見やすい場所へ移動しようとする生徒もいました。
その結果、私の目の前に立ってしまい、舞台が見えなくなることもありました。
実は、私はあえてそのまま座っていました。
「この状況に、生徒たちはどう反応するのだろう」
そう思ったからです。
もちろん、まったく気づかない生徒もいます。しかし、必ず各クラスに何人か、「あっ、校長先生が見えなくなっている」と気づき、前にいる友達に声をかけたり、座るよう促したり、少し場所を移動するよう伝えたりする生徒がいました。私は、こういうところに生徒たちの成長が表れるのだと思っています。
周りをよく見る。相手の立場を考える。「自分は困っていないからいい」ではなく、「誰かが困っていないかな」と考える。そして、気づくだけで終わらず、実際に声をかけて行動する。これは、言葉で教えるだけではなかなか身につかないものです。
また、一人の生徒が声をかけることで、それまで気づいていなかった周りの生徒も「あ、そうか」と気づくことがあります。それもまた、一つの学びです。学校には、本当にいろいろな生徒がいます。
すぐに気づく生徒もいれば、言われて初めて気づく生徒もいる。
前に出てみんなを引っ張る生徒もいれば、陰で支える生徒もいる。
そうした一人ひとりの違いが組み合わさって、一つのクラスができています。舞台発表を見ながら、私はステージ上の発表だけでなく、そんな生徒たちの姿からも、それぞれのクラスの雰囲気や、これまでの練習の様子を想像していました。泉ヶ丘祭は、単に「発表する」ための行事ではありません。一つのものをみんなでつくる中で、自分の役割を考えたり、周りに気づいたり、時には意見がぶつかったりしながら、少しずつクラスというものができていく。そんな過程そのものに、大きな学びがあるのだと思います。
舞台の上で輝いていた生徒たち。そして、その舞台を支えていた生徒たち。どちらも、今年の泉ヶ丘祭をつくってくれた大切な主役です。高校生の皆さん、本当に素晴らしい発表をありがとうございました。