2023/06/02

台風の想い出

本日は、台風、梅雨前線の影響を考え、休校とした。「芸術鑑賞会」のご報告を中断したい。

降り止まぬ雨を、校長室の窓から眺めながら、ふと、表題にあるような「台風の想い出」が想起された。昔語りをすること自体、随分自分が歳をとった証なのかもしれないが……。お付き合い願いたい。

あれは、私がまだ幼稚園児だったと記憶する。昭和40年、1965年頃だとご想像願いたい。読者の中には、この時代は、既に現代史の領域とされる方もおられよう。まだまだ日本は戦後復興の最中。道路はアスファルト舗装ではなく、土か砂利。木造家屋が立ち並び、電話が通じている家の方が珍しい。ようやく白黒テレビが普及し始めた時代である。

おおよそNHKアーカイブでお目にかかる原風景をご想像願いたい。そんな台風接近の中、家族が集まる。サラリーマンの父も、日中だけど家にいる。丸いちゃぶ台に、両親とふたりの姉と私。5人全員集合。

5人がちゃぶ台を囲んで、机の上には1本のロウソクに灯がともされている。多分停電か何かで部屋中真っ暗。ボクはなぜかワクワクしていた。好奇心もあるだろうけど、家族全員が顔を揃えていることが嬉しかったに違いない。日ごろ、父の顔を見ることは滅多になかったから。

ロウソクの灯に映し出された、ぼんやりとした父の輪郭。突然、父からの指示が飛ぶ。
「もし仮に、この家を出なければならなくなったら、宗茂、お前はそのかばんを絶対に肌身離さず持っていろ!その中には我が家の全財産が入っている。わかったな!」
思わず、息を飲む。ボクにそんな大切な役割が与えられたんだ……。

これまでの、ワクワクがドキドキに代わる。真っ暗の部屋に灯された一本のロウソクの明かり。それを眺めながら、何となく家族っていいな。そんなことも感じていたのかもしれない。古びた茶色いカバンをギュッと抱きしめ、みんなの顔を眺めた。姉からの激励とも嫉妬ともつかないまなざし。

自分が家族の一員を担えた自覚みたいなものが、無意識のうちに芽生えたのかもしれない。幸い、カバンを持ち出し、どこかへ避難するという事態は避けられ、私の役割は、果たされることなかった。台風はいつしか過ぎ去っていた。

「台風の想い出」と言えば、いつもこのシーンが思い起こされる。既に父も母も、この世にいない。遠い昔の出来事。家族全員が集まり、父が自然と家族の身を案じる。そんな温もりの中で育てられた。そんなささやかな想い出である。

でも………、あの一本のロウソクの灯は、今も私の心に、ともり続けている。